イギリスでは、飛行場警備などに装甲車を運用していたイギリス海軍航空隊が陸上軍艦(Landship)の提案を行い、1915年3月、当時海軍大臣であったウィンストン・チャーチルの肝いりにより、海軍設営長官を長とする「陸上軍艦委員会」が設立され、装軌式装甲車の開発が開始された。陸上軍艦委員会による幾つかのプロジェクトののち、フォスター・ダイムラー重砲牽引車なども参考にしつつ、1915年9月にリトルウィリー(LittleWille)を試作した。リトルウィリー自体は、塹壕などを越える能力が低かったことから実戦には使われなかったが、改良を加えられたマザー(Mother)が1916年1月の公開試験で好成績を残し、マーク I 戦車のもととなった。
Mk.I戦車が初めて実戦に投入されたのが1916年9月15日、ソンム会戦の中盤での事だった。
世界初の実戦参加であったソンム会戦でMK.I戦車は局地的には効果を発揮したものの、歩兵の協力が得られず、またドイツ軍野戦砲の直接照準射撃を受け損害を出した。当初想定されていた戦車の運用法では大量の戦車による集団戦を行う予定であったが、このソンムの戦いではイギリス軍が投入できる戦車の数は50輌弱と少なく、結局膠着状態を打破することは出来ず連合国(協商国)の戦線が11km余り前進するにとどまった。
その後の1917年11月20日のカンブレーの戦いで世界初となる大規模な戦車の投入を行い、300輌あまりの戦車による攻撃は成功裏に終わった。この攻撃で形成された突起部はその後のドイツ軍の反撃で奪い返され、投入した戦車も半数以上が撃破されたが、戦車の有用性が示された攻撃であった。しかし、第一次世界大戦中にフランス、ドイツ等も戦車の実戦投入を行ったものの、全体として戦場の趨勢を動かす存在にはなり得なかった。
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